No.390

3月 弥生


 弥生三月、ひな祭り。
 春ですね。
 おかわりなく、お元気でしょうか。
 花粉症は、大丈夫ですか。




 テレビの「徹子の部屋」に、4人の子供の母、と云うキレイな女性が出演していました。
平愛梨さん。
 子供たちは、8・6・4・2才の男の子。
 なんだか、明るく迫力ある家族で、いいナ!と思ってみていたら、この子たちの父親は
サッカーで有名な長友選手とのこと。

 この円満を絵に描いたような家族の紹介の中で、特に心に残ったのが、平愛梨さんの
ひと言でした。
 「私は、母が私にしてくれたように、この子たちをかわいがりたい」

 鋭く、深く、胸にとび込んできた言葉でした。
 きっととても大切に愛されて育てられたのでしょう。




 春、三月、ひな祭り……
 今、手元には、小さな卵ほどの大きさのおひな様三体だけ残っています。
 太鼓・つづみ・笛をふく三人のお囃子の童子たち。
 電子ピアノの横に、チョコンと座っています。

 私の誕生を祝って購入してくれたと、幼いころから聞かされてきて、二階の客室の
床の間に飾られていたのを、はっきり覚えている。大切な愛の形見。

 でも、戦争を経て、家も家族も散りぢりになり、
 おひな様もどこかになくなってしまった中生きのびた、この童子たち。

 その上、母が亡くなり、継母になってからは、物欲の強い継母は、この三体をふくめ
亡き母のお嫁入り道具だったキレイな鏡や文机などを全て自分のものにし、どうしても
私に渡してくれなくて、継母が亡くなってやっと私の手元に返ってきた、と云う、なんとも
理解しがたい、悲しみの歴史を刻んでしまった、三人囃子でもあります。



 ですから、この子たちは、最後は、私の棺に一緒に入れてもらおうと、時々掌に載せては
しみじみその歴史を振りかえる三月でもあります。




 もう一つ、この季節、忘れられないのが、ひな祭りの歌
   灯りをつけましょ ぼんぼりに
   お花をめでましょ 桃の花

 六才の一月に母を亡くし
 その親戚に預けられて迎えた ひな祭り……
 父は出征して不在。つかまるものがない…。

 預けられたその家で、
 トイレを済ませ、茶の間に入ろうと障子に手をかけた時、この歌が中から聞こえてきました。
 その家の両親が歌い、いとこのYちゃんがうれしそうに踊っている。
それは幸せな家族の絵のような光景。
 ………
 入れませんでした。
 冷たい廊下に、ずっと独りで、立っていました。
 母を亡くして一ヶ月、たまっていた涙が身体中にあふれ、身動きが出来ない…… 
でも泣けない……




 それから数日後、私は、捨てられたように、見ず知らずの群馬県水上温泉の旅館に
ポイと投げすてられたように、預けられた、と云うか、捨てられたのですね。
 そこから実に一年数か月、そこの女中部屋で暮らしました。
いえ、ただただ息だけはしていました。

 そして、この時の明暗は今でもひきずっていて、消そうと思っても、トラウマとなって、
90才になろうとしている今に到るまで、重く心にのしかかってくるのです。

 仕方のないことだけど。
 だから、戦争などで、口には出せないほどの体験をして帰国した人たちが、生涯
そのことを黙ったまま他界してゆく姿は、痛いほどわかるつもりです。


 一年365日プラス数か月も
 両親をもぎ取られ、友だちも話し相手もなにもない、窓から見えるのは、迫ってくる山々々…
 学校にも行ってない… ひとり、たったひとりの七才。

 そのせいか、今でも、心の傷は消えない、なんとも重い、ひな祭りではあります。

 春で、明るくて、と、希望いっぱいのことを感じ、思いたいのですが… 正直なところ
春は、「あの悲しみ」をくりかえし感じてしまうのです。

 トラウマに、卒業なんて、ないのでしょうか。
 でも、ゴメンナサイね、皆様にこんな重い話を吐いてしまって。




 先の「徹子の部屋」での、4児の母・平愛梨さんは、夫・長友さんと結婚した決め手を、
こう答えていました。
 「父みたいだったから」と。
 尊敬していて大好きな父親と似ていて、この人なら大丈夫と思ったと云うのです。


 そう、私たち人間って、模倣の動物。特に幼い頃与えられたもの、教わったことを
そのまま握りしめて大人になって行きますね。
 愛情いっぱいの家族の姿は、まぶしいほど素敵です。




 今日は、ちょっと弱音を吐いてしまったけれど、
 でも大丈夫、苦労した分、その愛のありがたみも、他人より何倍も身にしみて分かるつもり。

 今、机の上には、はるばる九州から送られてきた、沈丁花のひと枝が、キレイ! 宝ものです。
  温かく休んで下さいとプレゼントされた電気毛布、などなど、今は、仲間と呼ぶ温かい家族に
守られ、幸せです。
 ありがとうございます。

 今月から、介護2(今までは1)になりましたが、その話し合いの中で、なんとケアマネ^ジャーさんから
 「とも子さん、夏の長崎まで、あと4ヶ月と数十日ですよ、がんばれ!」
 と、エールを送られ、「エッ、たった4ヶ月?!」と、とび上がり根性入れ直しました(笑)

 応援され、ケアされ、こんなに幸せなことはありません。
 本当に本当に ありがとうございます。




 あなたの「お元気!」を、心から祈り、願っております。

                         


                             2026年 3月
                              今井登茂子
                                    
                                                       
                         
 

 
                                  
                                       
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