No.322


2019年 5月 皐月

 お元気ですか!

 元号が令和になったからといって
 私の生活は別になにも変わりません。
 日々、終活につとめています。

 終活と云うと、すぐ「断捨離」と、物を整理処分することと思い込みがちですが、
 私は断捨離の考え方は全くといっていいほどありません。
 どの洋服も、靴も、バッグも、小物類も、どれも好きで購入し、なじんで使ってきたもの
なので、
 今も、これからも、大切に着たり、使ったりしていくつもりです。

 たとえば、これから 夏になると、ブルーの半袖がお気に入りで、胸元にピカッと少しだけ
ラメが入っていて、大好き。
 で、かつてハワイに行った時の写真をみていたら、この半袖を着ていました。
 写真の年月メモは、86年12月。
 33年前でした!!

 そう、自分で云うのもなんですが、物持ちがいいのです。
 コートはもっと前からのものを今も着ています。
 捨てるなんて、考えたこともないのです。
 又、体型が少し太めになって着づらくなったものは、フィーリングが合う人で、欲しいと
云って下さる方に貰って頂いて、その方が着ることで、洋服も花を咲かせている様で、
うれしい!洋服も喜んでいるみたい。と、勝手に思っているのですが。
 それもこれも、物の無い時代に育ったので、とてもとても捨てるなんて、もったいなくて、
物がかわいそうで、出来ないのです。
 では、なにを終活しているかのか、と、改めて考えてみました。



 まず、家の中をキチンと片付けることが第一ステップ。基本。
 片付けたら、一目瞭然のシールを貼って書いておくこと。
 これを徹底しています。

 毎日、出かける時に必要な小物は、玄関の棚にまとめ置き。名入りシールを貼って、
一目瞭然を目指します。
 小引き出しには「鍵・メガネ・小銭・ティッシュ・マスク」
 次の棚には「メガネケース・靴磨きセット」その上には「帽子」「手袋」……といった具合に。

 これは、寝室の戸棚にも「シ―ツ・毛布」机の引き出しには「資料・敬語・メソッド」などと
記してあるわけで
 目的は、私がいざと云う時、ここを片付けてくれる人に、少しでも迷惑かけないタメ。
 そう考えて、コツコツとやってます。



 でもね、全く進まないものもあって、うんざりしているのが本ですね。
 もちろん大体同作家・同系統のものは、同じ場所に入っています。
 が、今、そのリスト作りをしていて、なんだか富士登山にでも挑戦している気分。

 リスト作りの最大の難関は、意外や意外、体力勝負だと云うことに気付きました。
 本棚の上の方で、前後ダブルに詰めてあったり、と、それを出して、置いて、書いて、又
基の棚に返すのは重労働。
 その上、自著の出版本はいいのですが、長年にわたって執筆してきた連載エッセイなど
を、一つの型にしてまとめ残そうとなると、これ、私一人の力ではとてもムリ。
 一番長いのが、日経新聞コラムが1997年から、今も進行中。
研修出版のエッセイ「耳をすませば」は2000年~2018年と、かなりのボリューム。
その他多数あり。
 で、矢張り、編集のプロに頼もうか、などと、立往生していると云うわけです。



 さらに、もう一つの終活は、
 自分の子供とも云えるメソッドなど知的所有権の部分や、又、育ててきたグループ活動
の未来のことで、これをもう一つ確固たるものにしておきたい。
 これには、さらなる夢を持っています。が、今のところまだ実現できそうもない、難しいで
す、引き継ぎって。


 ……と、終活と一言で云うけど、忙しいです。
 そう、私の「令和」は、少しでも納得のいく、エンドに向けての歩みの時間、といったところ
でしょうか。

 ま、ちょっと脱線しますが、
 4月末にあった区議会議員選挙は、配布された資料をよく読み、高齢者問題に具体的
に取り組むと公言している若者に一票を入れてきました。

 小さい子どもの託児所対策などを掲げている人は多いのですが、
 これだけ多い高齢者の現実を第一のテーマとしている人は意外に少ないのです。
公約を読んでみてそう感じました。

 現在70代後半以上の高齢者は、戦争を体験してきているせいか、けっこう根性があり
ます。
 工夫して、なるべく他人に迷惑をかけたくない思いが、小さい頃から身についている人が
多いと感じます。
 自分をふくめ、そんな年代に、少しでも安心できるやさしい行政のシステムが欲しい、と、
心から願いながら。




 さまざまなニュースがとび込んでくる中で、
 ゴルフのタイガー・ウッズの優勝は、熱いしみじみとした気分をプレゼントされ、最高でした。
 苦しかったと思う。
 メジャー11年ぶりの制覇だと云いますが、
 21才の1997年に初優勝した時からここまで、さまざま伝えられているこの人の栄光の
光と影、泥沼。……
 タイガ―・ウッズと云えば、いつも1位が当り前みたいに私も思っていた時代があります。
 そして、一度陰りがみえたと思うや、ガタガタと落ちてゆく姿、
   ………… どれほどの努力をしたことか。

 赤いシャツに、薄くなってきた頭髪。
 人間っていいナ、素晴らしいナ、と、文句なく思わせてくれた姿でした。




 丁度時を同じくして、かつて1990年代に7年間教壇に立ってきた短大の時の教え子
から、突然のアプローチ。
 なんと四半世紀たってからです。
 みなそれぞれの分野で、生き生きと活動している年代に入っているわけですが、特にそ
の人を特定して覚えていたわけではありません。

 「うちの(会社)コミュニケーション・マナーの土台を作っていきたい」との丁寧なメール。
 その「生徒」さんは、「ずっと机の引き出しに、あの頃習った教科書を入れて、分からない
時は出して読んで来ました。先生のことは忘れたことがありません。本当に役に立つ授業
でした」
 とまで云ってくれて、私、先生冥利に尽き、涙が出そうでした。

 又、長崎の大浦に「てがみ屋」という、ユニークな店を開いている女性オーナー。
 この人もかつての教え子で、
 たまたまこの店に立ち寄った長崎の朗読の会の仲間が、この店から私宛に手紙を書い
たところ
 その「今井登茂子」という宛名を見て、これは、もしかしたら自分が大学で習った先生の
ことじゃないか、
 と、気付いてくれて、これまた四半世紀目の出会いが生まれたのです。
 この人も、私のつたない授業を、宝もののように大切にし、育て、自分の人生を切り開い
てきたと語ってくれました。


 嬉しい出会いでした!
 私にとって、こんな風に長い間、その人たちの心の中に「私」がいたなんて、と思うと、
愛情と責任感と感謝が、ふつふつと溢れてきて、元気と幸せを貰ったのです。
 外には満開の桜が春の光を全身にあびてキレイでした。
 真面目に生き続けてきてよかった、と、自責の念ばかり強い自分としては、めずらしく、
無理なく己を認めることが出来たひとときでもありました。




 今、「種」と云う言葉が、心の中いっぱいに広がっています。
 数年前、朗読の活動で悩んでいた時、教会の神父様が柔和な笑みの中で一言
「ちゃんと種、蒔いてますね」と励まして下さり、背喰われた気分になったことを思い出します。

 「種は、しばらくは土の中に在って目には見えないけど、土からの栄養、水をもらい、
やがてある日、静かに芽を出し、陽の光を受け… と、多くの恵みをまわりから受けながら
育つもの
 種って、小さくて、吹けば飛んでしまうほどはかない存在にみえるけど、其の後の命の源
の全てを内蔵している、宇宙のような存在でもある」と、思うのです。

 母は、戦火の中、私が6才の時に病死しました。
 その最後の最後まで、残していく私のことしか考えていない母でした。
 母にとっては、物もない、夫も出征していて不在で頼れない。
治療する薬も全くない、なんにも無い中で、「ともこ」と呼び、私に細い腕を伸ばして死にま
した。
 そこに到るまでの、母の命を掛けた無償の愛の数々は、きっと幼い私の中に、数々の
種を落してくれたに違いありません。大人になった今、さらにさらにそのことを確信してい
ます。
 そうでなければ、へっぴり腰で、他人と喧嘩ひとつできない弱虫の私が、ここまでこうして
生きのびることなんて、出来なかったでしょうから。

 大人になり、社会人として安定し、結婚もしたある日、母の卒業した女学館を訪ねました。
 そこには、まるで奇跡のように、女学生時代の母の作文やらお習字までが保管されてい
て、驚きました。なんてすごい学校なんだろう!と。
 その中に、卒業後すぐ結婚し、長女の私を出産した母が母校に宛てたハガキがありまし
た。

 ― 私も一月にママになりました。登茂子と言ふ女の子ですの。毎日可愛くて皆でひっぱ
    りだこですの。
    毎日赤坊相手に一日を夢の中で過してしまいます。
    何しろさっぱりわからないので、赤坊にかかりっきりで居る内に、夜になって
    しまいます ―  (原文のまま)

 読んで、読んで、泣き笑いしながらまた読んで、
 これほどまで自分が無条件で愛されていた「種」を、改めてしっかりと受けとり、
「生きていける」と心底思った思い出です。




 今、私たちのまわりは、全てがスピード感溢れ、ボタン一つをチョンと押せば、わからな
い情報も知りたい放題。
 美味しい食べものも食べ放題、行きたい所へも飛行機や新幹線が楽々と運んでくれます。
 で、その中で、人間は、どれほど幸せになれたのか、と、考えたことはありませんか?
 「心が満たされる」ということが、どう云うことかと、きっと誰もが疑問に感じたことは、
あるのではないかと思うのですが……。
 私も、自問自答していることが、増えました。
 そして、出来ることでいいから、今日を大切に生きたいと、一歩一歩、足元を踏みしめる
思いで生きています。

 私も、そして、亡くなった夫も、「まわりの皆の笑顔」をみるのが幸せで、好きでした。
自分も笑顔になれました。
 とり立てて相手のタメに、とは肩肘張ってはいません。
 それが楽しくて好きなのです。
 そうした生き方の中から、一粒の種でも蒔くことが出来るのなら、
これ以上ないハッピー! ありがとう! ですね。
 そして、今日、ここまで歩いてこられたことを感謝します。
 私に、さまざまな種を蒔いて下さったあなたに、感謝します。




 庭には、モッコウバラの、鮮やかな黄色、若葉のみどり、
 その向こう、少し離れた所に、新名所のスタバのなんとやら云うネオンのマークが最近
加わりました。
 一ヶ月たっても整理券発行で入場者は行列、まだ足を踏み入れたことはありません。
 そのうちに行けた時は、また、「都会の新名所情報」をお送りしますね。
 では、新緑のこの季節をどうか無理なく、お元気でお過ごし下さい!





                                         2019年 5月 1日
                                            
                                            今井登茂子