No.364
5月 皐月

 目黒川の桜も、あっという間に、こんもりみどりのトンネルになりました。
 もう目の前に、あの暑い夏が待ちかまえているのですね。
 お元気でしょうか。

 「私、コロナだったのよ」
 この頃、こう云う声をよく耳にします。
 それも、みんな軽症で、すぐ治った話ばかり。
 やっぱり、一時の最盛期と違って、風邪のようなものになったのでしょうか。
 それでも、高齢者の身としては、うかつなことは出来ないと、慎重に行動をとって暮らして
はおります。 おかげさまで元気です。




 先日NHKニュースで、「ここからは、AIがお届けします」と云うのを、静かなショックと共に
見、聞きました。
 友人たちは、「かなり前からAIだった」と云うのですが、私は、初めてでした。

 その中で、一番違和感を感じたのが「間」です。
 呼吸の間ではなく、機械的に作られ、つなげた間に、どうしようもない不気味さを感じ、
ひとり不安を抱えているところです。

 たとえば、朗読の中でも、一番難しいのが間だと、自分が読んでも、他者を指導していて
も痛いほど感じているのですが。
 いくらAIがすらすらしゃべっても、言葉と言葉のつなぎは、息を使っているわけではない
ので、超不気味ですね。
 感情が一切ない間だからでしょうか。




 よく、「間のとり方が上手い」とほめますがね。
 辞書には、
 「間が抜ける」「間が延びる」「間が悪い」「間が持てない」などなど。
 たくさんの「間」について書かれていますが、
 どれをとってみても、私たち人間が自然に、自分の気持やクセで作り出すものだと
分かります。

 だから、言葉のアクセントや読み方よりは、むしろ、間のとり方に、その人らしさが一番
にじみ出るものなのではないかと考えています。


 舞台やスクリーンで、役者が演じる世界も、下手な人は、みなこの「間が持てない」。
 でも、すごいな、と魅せられ、引きずり込まれるのは、みなこの間のとり方が、その人
そのもので、上手い。

 たとえば、名画と云われ親しまれている「ローマの休日」も、
グレゴリー・ペックの新聞記者と、オードリー・ヘップバーンの王女の息がぴったり合って
います。

 特に、映画の中で最も長いと云われるラストシーンですが、
お互いに、サヨナラとか、愛している、と口に出せない想いを、目で語り、うなづきで送り
届ける、最後の記者会見のシーン。その見事な間!
 そして、たった一人、想いを胸に会見の場から歩き去る、その長い長い間合い!




 そう、「間」って、呼吸です。
 だから、人間にしか生み出せないものです。
 機械にはムリです。
   …………
 でも、そんなAIに、国会答弁を任せるつもりとは、なに考えているんだろう……


 因みに、各地の行政が、積極的にAIを取り入れる方向にある中で、「話し合いが大切」
と、しっかりした意見(たしか鳥取県)を新聞の中に見つけ、ホッとしたりもしています。

 ホントに…、 自分の人生のラストステージとも云える現在。すさまじいデジタル化の中で
もうれつなコミュニケーションのとり方の曲がり角に立っていることを実感し、いささか
疲れました。
 あなたは、どう感じて生活していらっしゃいますか。




 デジタル化といえば、
 「ウクライナ侵攻で兵員を確保したいロシアが、令状の電子化を決めた」と東京新聞の
「筆洗」(4月19日)に出ていました。
 従来の紙の令状は手渡しの必要があり、受け取りを避けて行方をくらましり、国外脱出
が相次いだからだそうです。

 そう云えば、私の父も、一枚の配達された「赤紙」で、満州に出征させられたことを
思い出しました。(昭和16年頃)

 と云っても、赤紙が届いたときのことは記憶にありませんが。
 近所中の人が、道にずらりと並び、小旗を振って見送った光景は、はっきり覚えている…
多分4才ぐらいの記憶……。
 母は、幼い私と妹を抱え、どんな気持ちで旗をふったのか… と思うと、今、ロシアで、
国外脱出する人の気持… 当り前だと、よく分かります。

 でも、電子化では、逃れようもない。
 アカウントが届くと、出国できなくなるし、自動車の運転も、不動産取引も禁じられるのだ
そうです。

 息をのみ、涙も出ない…。

 「デジタルの世の冷酷さが、際立つ」と、筆洗の最後は締めくくられていました。
 言葉がありません。




 目下、夏八月、長崎で毎年開催してきた、平和を祈る朗読会に向けて、
私たち朗読「水の会」全員、全力疾走の最中。
 実現できれば、コロナの空白を経て、四年目の再会になります。

 朗読するって云うことは、文字面をたどる作業なんかじゃない。
 その向こうにある、悲しみや。痛み、怒りに少しでも触れ、近づき、祈ることだと。
 そう、頭でわかっていても、その具体的方法は、探るだけでも大変!
 でも、みんなで、しがみついて頑張っています。

 第二次世界大戦の中で、まだ小さかった私も、必死に生きのびた、その痛みや、足が
知につかない虚ろさを、今も抱きかかえ、八月に向っています。

 誰もが、平和に向って、出来ること一つづつ!
 そして、どれほどデジタル化が進んでも、「人は人でありたい」心の平和!

 どうか、今日と云う日が、穏やかでありますようにと、
あなたの平和を、心よりお祈りしております。

           



                                            2023年 5月
                                            今井登茂子
                                     
                                                                                              
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