No.324


2019年 7月 文月

 お元気ですか
 体調は大丈夫ですか
最近は、お天気がこれまでとは違う「メチャクチャ」に加えて、世の中のあれもこれもが
不安材料ばかり。
 精神的にも、滅入ります。



 私はスポーツ観戦の経験は、学生時代の六大学野球しかありません。
 チケットを購入して何かを観に行くのは、全て音楽会や舞台ばかり。
 でも、スポーツが嫌と云うわけでは全くなく、特に、そこにくりひろげられる「人間」としての
さまざまな姿の方に、とても深い関心を持っています。



 たとえば、
 今年の9月には、ラグビーワールドカップが日本で開催されますね。
 スポーツは、勝負することが使命。
 どこが勝つか、日本は勝てるのか、は勿論大切。
 そして、同時に、どんなトレーニングをして強くなるかも、今はとても科学的になってきた
気がします。
 なんでもかんでも、むちゃしても、という根性論は見直されて、納得のいく方法論にかわ
ってきました。

 中でも、「メンタル」の作り方が、進歩してきていますね。
 前回、2015年W杯大会でのメンタルコーチ・荒木香織さんは、こう云っています。
 「誇りと自信を持って、世界と戦う姿勢にかえること」と。

 確かに、なにをやっていても、イザと云う時に、自分に自信を持ちたいのは、誰にとって
も同じでしょうb。
 私も、自信が無くはないけど、謙虚さの方が妙に先立ち、結局は自分で自分の足をすく
ってしまうことが多々あります。
 ですから、この荒木さんの言葉は、とても参考になりました。

 まず、ラグビーのようなチームプレイの場合は、リーダーシップを持つリーダーを作る。
 その人たちには ①理想的な姿勢をチームに見せる ②モチベーションを鼓舞する
③個々への配慮 ④当り前、を変える
 と、トップダウンではなく、選手同士の対話を多くする、その頭脳となるのがリーダーの
役割。
 だと云うのです。

 そして、個々にあっては、
 ウエィトトレーニング場に散乱しているペットボトルを片付ける。
 試合前の国歌を、外国人選手と一緒に全員で歌う。
など、具体的に動くこと。

 などなどの結果・かつて2015年のイングランド大会、一次リーグ初戦で、優勝候補の
南アフリカに、終了間際に逆転トライを決め、34-32で勝利したことは、私も鮮やかに
記憶しています。
 つまり、「どうせ負けるだろう」「無理だ僕たちには」と云う思い込みを、「勝つ」ための方向
に持っていくためにやったことは、技術のトレーニングだけでなく、一人の人間として、
日常生活をきちんを暮し、お互いの意見を出し合い、話し合うところで培われる「主体性」
なのだと云うわけです。




 「人間性」って、本当に大切ですね。
 さまざまな職業が世の中にありますが、そこでどんなに専門的な技を磨いても、それだけ
では決して一流になれないでしょう。
 「人間性×専門性」の答えが、その人の価値だと私は考えます。
 どんなに技が優れていても、人間性が0(ゼロ)だったら、掛け算なので、答えはゼロに
なってしまうわけ。



 スポーツ評論家・藤島大さんが新聞のコラム「スポーツが呼んでいる」(東京新聞・2019.6.
5付)で、ズバリとこう切り込んでいました。

 「政治家はひっそりと観戦をするのが正しい。いや美しい」
 まずこれが書きだしです。
 日米の首相と大統領が両国国技館で、大相撲観戦をしました。
 テレビ画面に映った姿は、土俵間際に椅子席を設けての観戦でした。
 記憶に残っている方も多いはず。

 「最高権力者は(略)相撲そのものより自分をあえて小さく、控え目に見せて、土俵を
いつもの土俵とさせなくてはならない。ここは野球でもサッカーでも同じである。5月26日の
主役は、前日に優勝を決めた富山県の星、朝乃山であるべきだった」

 と記し、だから、「なるだけ土俵から遠く、上階の貴賓席に座った方がよかった」と。
 ものすごく共感します。
 そして、ルールがどうのこうのではなく、こうしたふるまいの中に、その人の人間の品位・
考え方・生き方が、丸見えになっていると、痛感させられる出来事でもありました。




 丁度その頃、水泳の池江璃花子選手が、こんな短いコメントを発したと報道されました。
 「もう病院に戻りたくないと思うこともありますが、人生の中の数ヶ月ととらえ がんばり
ます」
 治療中の病院から一時自宅に戻ったときの気持ち、と云うニュースです。

 すごい若者だと、心から感心しました。
 白血病の治療は、想像を越えるしんどさなのでしょう。
 でも、それを、「人生の中の数ヶ月」と、視野を広く大きく捉え、その中の数ヶ月だから、
と、辛さの中で云うことが出来たこの人の、心の柔軟な広さ、大きさ、タフさはスゴイ!
 ごく自然に「がんばれ!」と応援したくなる!

 私たちも、辛く暗く落ち込むと、逃げ腰になり、グチグチと、小さな穴をつっついて、心を
閉ざしがちですけど、
 そんな時ほど、頭をあげて、空の彼方をみつめ、「今自分が悩んでいることも、大きな
宇宙の広がりの中の、ごく一部」
と、広い視野の中で、考えたい。
 これがね、なかなか出来そうで出来ないのですけれど。



 クラッシックバレエの、熊川哲也さんが率いるKカンパニーのチケットは、すぐ売り切れて
しまうので、発売日をメモしておいて購入するほど、この人には高い関心を寄せています。

 先日本屋さんに「完璧と云う領域」(熊川哲也著)が並んでいて、即決で購入。
 読みはじめたら、止められず、今日はいささか寝不足。
 本の帯に「芸術としてのバレエだけでなく、ビジネスとしてのバレエを成功に導くために、
大企業と渡り合い、劇場を監督し、ダンサーとスタッフを育てる」
 その上、私は、声を大にして叫びたい。
 クラッシックの世界に、完全オリジナル作品を、この人は創造し続けているのだ!
 それも、これ以上ない、息をのむ美しさと感動を私たちに与えてくれている! と。

 この人の21年ぶりの自伝を、
 とにかく、夢中で読みました。
 知りたかったことが、ぎっしり詰まっていました。
 己を実に良く知っている人だと感心しました。
 自分の才能に、かなり少年期から気付いてもいます。
 そして、自分を客観視することが出来ている。

 天才的な人って、自分のどこが優れているのかが、分からずにもてはやされ、大人にな
っている人、多いのではないですか?
 でも、この人は分かっていて、それを言葉にすることさえ出来ています。
 そう、この本を数ページ読み込むうちに、その言葉による表現の豊かさにも驚かされ、
魅せられました。
 語彙が実に豊か!
 バレエは「動く絵画」だなんて、本当にそう!!




 私には、私だけの人生があります。
 そして今、他から見れば「登茂子さん、相かわらず忙しく活動しているのね」と云うことに
なるのですが、
 自分の中に今、ごく自然に燃えているものは、後に続く人たちに残し伝えられるものを、
伝え、渡しておこう、と云う気持。
 これが、とてもとても大きいのですね。

 だから尚のことかもしれません。
 この本の「はじめに」を読んで、非常に心打たれました。
 短く簡潔に、何故この本を書いたかが記され、
 それは「伝えておきたかった」、そして「おそらく今後、こうした本を出すことはないだろう」
と云う覚悟。
 そして、常に心掛けたのは「あくまでも本当のことを記すと云うことだ」と、これがスゴイ。

 本当のこと、と一言で云うけど、そんなこと、出来る? と自分に問うてみて、いやァ自信
ない、と…
 でもこの人は、云い切る、「この本では建前はいっさい排して、そのとき本当に思ってい
たこと、感じていたことを伝えたいと思う。
 人の心を動かすのは、いつも本心から発した言葉だからだ」と。




 間もなく、8月の長崎。
 8月の長崎・城山教会で、平和を祈る音楽と朗読の会を開催して、今年で12年目。
 12回、一歩一歩歩いてきました。
 それも一人でではなく、皆で。
 分けてもここ数年は、次の世代にバトンタッチしていくことを強く志して、歩いてきました。
 とても孤独な戦いでもありました。

 又、常に「上手く」より「伝える」を目指してきた指導法が、12年目の今、花開くのか、も
確証もなく見えてしまうことも覚悟しています。

 ものごとは、いつだって「目的」がきちんと掴めていないと、色褪せ、力無く、烏合の衆
と化してしまう。
 よく私たちは「一生懸命やっている」と、自己評価したりするけど、
 これがクセモノ。
 目的がずれていることに気付かないで一生懸命やっていても意味がないし、時としては
他迷惑なだけ。


 又、熊川さんの指導法の中でも、やはり彼はきっちりと述べています。
 技を追求し、己のものにするのは当り前。
 その上で、いかに情緒や風景を身にまとうことが出来るかにかかっている、ということを。
 そして、その上に、「言葉のないバレエは、わかりやすくなければならない」

 そう、 朗読も同じ。全く同じ。
 読み手の中に無いものを、聞いている人に伝えることなんて出来ないのだから。
 だから、私たちも、たとえば立つ大地が土なのか、泥沼なのか、コンクリートなのか、草原
なのかによって、身体にまとう空気が違ってくるし、呼吸が違ってくる。
 私たちの身体は、これ以上ない、センサーだから。

 考えてみれば、特にコミュニケーション塾を設立して以来、プロとして企業研修・朗読の
指導、などなど、指導の立場に立ってきた中での教え方の軸は、一度もブレていない自分
を、再発見。
 「楽しくかつ納得を」

 これは、自分の生き方そのものなのだと、今改めて気付かされています。
 納得のいく理論、「何故か」が欲しい。
 でも、それだけの難しい世界だけでなく
 常に「楽しく」習得し、前を向いて絵がいでいたい。
 それが、「自分」でもある。




 今年は、夏の長崎に続いて、秋の福島、冬の東京と、朗読「水の会」は、アップテンポで
力を合わせて前進しています。
 私としては、何はともあれ、体力作りに必死です。
 そしていつかは訪れる、人生最終章の一音は、ジャーンと云う大きな音色ではなく、静か
な、心の中にそっと滴る水のような一滴がいいナ。
 その後を、かわいい我が子のような、後輩、仲間たちが、力強く駆けぬけたら最高だナ。

 よし、そこまで、楽しく頑張るぞ。と、これからプールに行ってきまーす。
 あなたも、どうぞ、笑顔の今日でありますように。





                                         2019年 7月 1日
                                            
                                            今井登茂子