、

No.389
2月 如月
| あっという間に一月も終わり 「エッ もう二月…」と云う挨拶を、あちこちで耳にします。 本当に、月日の経つのは早いですね。 私にとって、今年は特になんともめまぐるしい一月でもありました。 実は、私の父母は、それぞれ四十年も時を経て亡くなっているのに、なんと 命日が同じなのです。 それがこの1月の10日。 それから、私の誕生日が1月27日。 これに加えて、1月末には、主宰している朗読「水の会」が開催するニューイヤーコンサートを 番町協会で。 と云うわけで、お正月三が日も待たず、やれ練習だ 音合わせだと動きまわり。 ご招待客の準備、やりとり、などなど。 自分の好きな事ですので、張り切って動く日々。 ところが、今年はこれだけでなく、1月最後の日に、私が患っている病気・心房細動で お世話になっている、心臓研究所の医師との予約が待っていて、もうドキドキしながら 出かけました。 手術するか、しないか、を決める日、なのです。 なにしろ心臓です。生まれてはじめてです、心臓のことでお世話になるなんて…。 ですから、この1ヶ月、ずーっと、なにをしていても心にひっかかっていました。 それこそストレスって、心臓に一番よくない……! 結果は、「今すぐ手術はしない、まずは一年ほど様子を見ましょう」に落着。 つまり、たった今どうにかしなくてはならない、と云うほど重症ではない。 だけど、心房細動になっていることは確か。 アブレーションという手術が有効だけれど、今回踏み切らなかったのは、「年齢」でした。 「どうしますか」と意見を求められ、熟考の末の 「一年ほど、とにかく見守る」に辿りつく中で、涙が出たほど、自分にとっての、 この89才と云う年齢の大切さをかみしめました。 医師の説明の中でも決定打となったのは、術後の体力回復についてです。 なにしろ、全身麻酔での手術。なんとなく、管を血管を利用して通し…と、手軽に 出来る手術(3泊4日)というイメージをもってしまっていましたが、たとえそうであっても、 術後の体力低下は避けられない、と云う事実。についてです。 特に、高齢となると、今、日々の生活でさえ必死なのに、 「まァ、一年は、体力回復に費やして…」という言葉が、なによりも心にピシりと 刺さったわけです。 とんでもない、89才って、元気でいられるラストチャンスじゃないの、と。 もし、手術をして、たとえば体力を回復して、90代に突入できたとしても、たった今 私が息をしている、たった今の89才とは較べようもない、…… そう、なんだかんだ云っても、まだ私は、自力で歩くことができる。 しようと思えば、旅も出来るかもしれない。 どうしてもセロリが食べたければ、お天気の良い日、風のない日に、「それっ」と 近所のLIFEに買いに行って、束を購入して帰ってくる楽しみ!(笑) 朗読「水の会」のメンバーに囲まれる幸せだって、会場まで行きはタクシーでも、 帰りは、元気なら、まだ電車で帰ってくる元気だってある。 と、一つ一つ、この胸に抱く思いで、現在の倖せ。 自立できている幸せを数え、実感しました。 中でも、 私の生命線である「音楽会」!! この一年の中で、これはなにがなんでも行くぞ、と決めている大好きな音楽!! それを考えただけでも、涙が出てくるし、胸が熱くなる!! そして、これこそが、私の人生のラストチャンス、最後に聞く音楽会という 覚悟も生まれました。 ですから、とのかく今は手術せず、「青春!」に賭けます。 皆さまには、心臓のことで、色々ご心配をおかけしてしましましたが ありがとうございます。おかげさまで「元気」のご報告です。 そしてこれからも、どうぞよろしくお願い致しますね。 もう一つのご報告は、1月24日(土)に行った「水の会」主宰 「ニューイヤー コンサート」。 今年は、「家族」をテーマに、実り多い時間であったことを感謝申し上げます。 いつものように、私たち「水の会」の朗読は、音楽とのコラボを特長としていますが 今年は「なごり雪」というテーマで。ピアノ・渡辺研一郎 カウンターテナー・村松稔之さんと 一緒に読みました。 いつも、母をテーマにした作品を読むことが多かったのですが、やはり、一度は父と しっかり向き合っておかねば、と、これまた、年齢的にせっぱつまり、父をテーマにして 書いたのです。 が、いやはや、父と向き合ったものの、本番前日まで悩み果てました。 「なごり雪」は、例の有名な伊勢正三21才の時の作品で、イルカさんで有名ですね。 で、ある時、カウンターテナー村松稔之さんの歌う「なごり雪」に出会い。 その、あまりにも透明感あふれる歌に心打たれ、導かれるように、この父と向き合う 作品を書くことが出来たのです。 結果は、かなり驚きでした。実に多くの方が泣いていらっしゃり、中には号泣の数人もで、 「男の方がこれほど動揺するように泣く姿を見たのははじめて」とは、同席していた 友人のことば。 私は…ね、たった今もね 思うのです。 いえ、思うと云うよりも、まだまだ未熟に「感じる」と云うべきでしょうか。 「私、分かってないな……(苦笑)」って。 夏の長崎での平和朗読の勉強の時、 「そう云えば、兵隊さん達は、みんな’お母さん’とはいうけれど、’お父さん’と云って 死んでいく人は、いませんよね」 と話題になることがあるのですが、 「うーん、そうよねェ…」と、そのままになっている答えの一端が、この男の方々の 涙にあるような気もして……。 この「なごり雪」の全文は、このところ、「私の風の電話」「逢いたくて」「生きるということ」 と続けて出版している次著として、「抱きしめて」に収めるつもりです。 関心のおありの方は、本年中には出版予定のそちらでどうぞご覧になって頂ければ と思います。 もっとも、書籍だと、残念ながら歌声は届きません。ゴメンナサイ。 村松さんの第一声、それこそ最初のひと声で涙が噴き出した、という方が 何人もいらっしゃいました。 音楽とことばが融合して出て行く、芸術という無限の世界! 自分に与えられたこれからの「青春」を、仲間と一緒に踏みしめ、駆け抜けて行きたい! ありがとうございます。 今、この「便り」を開いて下さって。 あなたの「元気」を、心から願っております。 ![]() 2026年 2月 今井登茂子 ![]() |
|