No.328


2019年12月 師走

 ポストの中に、クリスマスカードが届く、
 今日は一枚、今日は二枚、「うれしい!」
 と云う季節に入りました。
 クリスマスまで、届いたカードを食堂に飾り、楽しんでます。

 お元気ですか!
 おかわりなくいて下さるようにと、とてもとても願っています。
               

 10月には、福島「傾聴ボランティアさくら」からのお誘いを受け、
福島にあるカトリック野田町教会で、私たちの活動・音楽朗読の会「大切なものは目に
みえない in 福島2019」を開くことができました。
 東京「水の会」
 合唱・コールアクア
は、全員参加。
 二胡演奏・濱島祐貴さんは、富山から。
 長崎からは、ピアノ・田代美穂子さん、朗読・司会 東島真奈美さん、歌・田代知世さん
と、スタッフのみんなお疲れさまでした!
 そして、なによりも聞きにきて下さった皆さま ありがとう!

 私たちは、福島の皆さまのおもてなしの温かさに、深く心うたれ、感動し、
 スタッフだけでなく、お客さまをもふくめて、笑顔笑顔の花が咲きました。

 「とてもお感動しました」
 「どう云う風に感動なさったのですか」
 「思う存分、泣きました、スカッとするほどね」
 と云う会話を交わし、改めて、立ち止まり深呼吸するほどに、思ったのです。

 何年たっても、災害で被災した心の傷は、癒えめせんよね。
 街並みはキレイになり、街路樹はみどりを吹きかえしても。
 愛しい人を、予測する間もなく、突然亡くし、た人々の心の痛みが、消えるはずも
ありません。
 だけど、毎日の生活は一応回復し、
 一見つつがなく、元気にしていても、
 でも、心の中には、痛みをいっぱい抱えている方々……

 私たちの朗読や音楽に触れ、その心の中の傷や痛みを、素直に出すことができ、
「思う存分泣けました」
 だから、今日、来てよかった。
 泣いた分、笑顔になれる。
と云う「感動」の胸の内を、私たち東京から出向いた人間は、しみじみと胸に抱きしめて、
帰りの新幹線に乗ったのです。

 そして、一同、心から、「福島の方たち、大好き!」と、これ又胸に「新しい友だち」を
抱きしめてもいました。
 なによりも。「口より先に行動」のあたたかさを、いっぱいいっぱいもらい、幸せ最高!
の気分は、その後、今も続いています。
             

 実は、足の爪を切り過ぎて、化膿させてしまい、ビッコひいて、サンダルばきでの福島
だったのです。
 皮膚科の先生に、「巻き爪は伸ばして下さい」と言明されました。
 私は、なんとか肉に喰い込んで巻いているところを、必死になって切っていたわけで、
やっていることが逆だと知りました。

 親指です。
 こんななんでもない、一ケ所の痛みなのに、身体のあっちこっちに影響が出てくることで
「あァ、私の体重を全部支えてくれて、歩行のときは、親指をバネにして推進力をつけて
たんだナ」
 と、今さらながらに学習。
 痛みをかばって歩いていると、腰や背中までおかしくなってきて、参りました。


 この巻爪トラブルが下火になってきた頃、急に声が出なくなり、咳が出はじめました。
 最近私のまわりでは、この、急に声をやられた、と云う「風邪?」が流行っていて、
 「ぜんぜんでないのよ」とは聞いていたけど、まさか自分がまるで一夜にして、魔法使い
のお婆さんみたいな、低いしわがれ声となり、自分もびっくり。
 なんといっても、その前日の夕方には、元気でプールに行っていたのですから。


 そのうち、熱は全くなしで、ぜ―ぜーと胸の中から出る席や痰になり、
 結果、咳喘息と診断されたのです。
 喘息って、そうそうすっきりと、すぐに全治などしない…… と、ショック。

 咳をしながら、ひたすら考え……た、と云うより、ゴタゴタと悩みましたよ。
 12月22日に予定してきた、クリスマス朗読コンサートをどうしよう!
 どうしよう……
 どうしたらいいの……?
 あァ どうしよう、と。

 たくさんの出演者の中の1パートだったなら、代役立ててどうにかしのげるでしょう、
まだ一ヶ月以上あるし。
 でも、企画・構成から、自分一人での演目を背負っている……、
 中でも、今年は、新実南吉の「ごんぎつね」は、音楽朗読で、約40分近い大作。
 …… うわァ、治らなかったら、どうしよう。
 公演をナシにするなら、今だ、…… 医師だって、それまでに絶対治る、とは云い切れ
ないのは理解できる。


 そうしたある晩、思い切って、仲間の一人「水の会」の片腕である、東島さんに電話しま
した。
 「どうしよう?」と、ささやくような声で。

 すると、思いがけないことに、「やりましょう、先生!(もし治らなくても)今のそのままで
いいと思います。先生はこれまでも、やることを全部一生懸命つみ重ねていらっしゃった
のだから、それでいいのだと思います。私たちは、出来ることはなんでも全部致します
から」
 凛とした即答でした。

 その他、二三の人にも聞きました。
 皆、似たような答えで迷っていません。
 中には、「咳の一つや二つ、先生のお歳では当り前です、私コップ持って、控えてます
から」

 心の中に、パーっと、陽が射すようでした。
 そして、おかげさまで、まだ完治はしていませんが、その後声も回復し、咳はかなり良く
なってきています。




 丁度その頃、心をわしづかみにされた言葉に出会いました。
 「入舞(いりまい)」




 亡くなった 八千草薫さんを悼んだ、倉本聰さんの言葉です。(東京新聞10月31日付)
 
 癌宣告を受け、最後の撮影に立ち合った時、共演の若手二人の俳優に、
 「これは(八千草薫さんの)入舞だよ。よく見ておきなよ」
 と倉本さんは伝えました。

 これは、能の言葉だそうで、
 「能の世界には、“入舞”という、人生の最後の舞台の舞を意味する言葉がある」
のだとのこと。
 はじめて知った言葉です。
 辞書には「入綾(いりあや)」ともありました。

 能のことは、全く分っていませんが、
 少なくとも、これだけはっきりとした「言葉」が存在している、と云うことは、
 私たち人間の「人生の最後の舞」が、いかにあるべきかについての、非常にはっきりとした覚悟の概念があってのこと。
 そのことが、すごい。
 日本人が、入舞を、文化として持ってきたことが、すごいことだと驚嘆したのです。



 自分自身、特に八十代に入ってから、体力の低下は「あれッ あれッ?」と、驚くほど
でした。
 それはまるで、生れたてで何もできない赤ん坊が、這いまわり、ある日突然立ち、歩き、
言葉を覚え、と、ぐんぐん成長する、その早さの全く逆パターンを今の私は辿っている
と云う感じが、ピッタリ。

 たとえば、
 8000歩は、歩けていたのが、ある日から、それはもう高望みもいいとこで、5000歩で
ふうふう云ってたり、
 大好きなうどん屋さんのキツネうどんが、量が多過ぎて「めん三分の一」指定になったり、
 週一回通い続けているリハビリトレーニングのPNF研究所に、一時間あれば大丈夫
だったのが、それでは遅刻しそうで、一時間15分前に家を出るようにしたり。
 と、昨日まで当り前に出来ていたことが、ガクンと落ちて、今日は出来なくなっている。
 といった日々が、続いている。

 そう、絶え間ない「老い」の実感の日々ですね。

 そして、これは全ての人間が通る道でもあるのでしょう。
 だから、その現実を正面から受け入れてこその「入舞」なのでしょうね。

 自分が今置かれている状況の中で、どう生き続けるか。
 いかにして過したらいいのか。
 そうした判断の一つ一つが積み重なって、最後の「所作」に辿りつくのでしょうか。

 人生の最終楽章、と云う言葉を私は良く使ってきましたが、
 つまるところ、
 最終楽章の音譜・音色は、自分次第。
 どのようなメロディでしめくくりたいのか、
 具体的に、難題をつきつけられる思いで、今日と云う日を過ごしています。




 そんわけで、自分を客観的に見つめれば見つめるほど、自分の長所は、そのまま欠点
にもつながっている、と云う、人間誰にも通じる、条理に気付いて苦笑しています。
 たとえば、慎重な人も、度が過ぎて、単に優柔不断なだけになってしまうことありません
か。

 私も、この年令になって、少しは落ち着いて「自分」をみつめてみれば、
 ここぞ、と云う大切な場面での判断基準は、いつも「自分」ではなく、「相手の立場」への
配慮が先になっているのです、いつもです。

 たとえば、思い出す一つに、三十代でTVでの、初代として「お天気お姉さん」が絶好調の
時、原因不明の病気で入院するハメになりました。
 現場のスタッフみんなが、「待っているからね」とかわるがわる見舞ってくれて、エールを
送ってくれる…
 でも、皆に迷惑をかけていると思うと、オチオチ寝ていられなくて、自ら、
残念ですが辞めさせて下さい、と頭を下げたことを。

 そして、長らく、ずーっと、その潔さが、自分の長所だと思い込んで来ました。
 けれど、
 これって、考えようによっては、見方によっては、中途放棄と思われても仕方ないかも
しれない。
 潔さも、度を越せば、単なる独断のわがままだ、と。
 長所と短所は一本の線の上に並んでいると、今さらながら、痛感しているわけです。

 その上、もっと自分に自信を持って、「自分だから、視聴率40%もとることが出来たのだ
よし、待っていてくれる皆のためにも、倒れるまで、もう結構と云われる時まで、頑張るぞ」
と、自分本位でもアリだったナ、と、大切なことにも気付いたり。
 そうした、あれこれ、ぐちゃぐちゃ考え、心が折れそうになったりする中で、
 これだけは大丈夫、と云う「自信」にも気付き、ホッとしています。
 それは、
 表現する、と云うことへの情熱。
 情熱だけは、衰えていません。
 厭になったり、飽きたりしていません・

 特に、クリスマスの件は、自分一人だけの問題ではなく、楽しく目標に向って歩いていけ
る仲間に支えられてこそだと、
 心から感謝しています。
 クリスマス・朗読コンサート。                   
 「大切なものは 目にみえない9回目」は12月22日。
 おかでさまで、チケットは予約の段階で満席というほど、愛されるコンサートに定着して
きました。
 この寒さの中、お越しくださる方々にも、心から心から感謝申し上げます。

 さあ、私は、私の舞を舞いましょう。
 精いっぱいの 愛を込めて。

 みんな ありがとう!!


                                         2019年 12月 1日
                                            
                                            今井登茂子
                                                                                               


     

※ 「大切なものは目にみえない2019」(12月22日開催)
   チケットは 完売致しました。
   ありがとうございます。

 
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 初めて福島での「水の会」音楽朗読会が開催されました
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