No.375
7月 文月

 
 おかわりないでしょうか。
 我家のリビングには、今、赤いつやつやしたアンセリウムと、真白なスパティセラムの
花が、元気に咲いています。
 どちらも10年は育てているでしょうか。
 リビングの中央には、2メートル以上も伸びた葉を、キレイに流れるようにたらしたシダが
立派、です。
 これは、かれこれ50年前、このマンションに引越してくる以前、近所の花屋にあった、
たしか800円の小さな鉢でした。

 因みにこのシダ(ネフロレピスと云うのだそうですが)は、家庭の園芸百科(主婦の友社)
にも載ったことがあります。
 そう、自慢の我が子です。
 成長するたびに、載せる台の高さが足りなくなって、何度かつぎ足しました。

 人も、植物も、動物も、限りある生命を、精いっぱい生きているのですね。




 乳癌発見が一月。
 検査検査で二月に手術、入院、退院。
 退院三日目に傷口大決壊で再入院し、3月3日にひとまず退院。
 抜糸まで約一ヶ月半。
 気がつけば、世の中は夏日、庭のあじさいも盛りを過ぎました。

 そして、今月は、夫が急逝してから丸16年目の命日を迎えます。

 生命について、真正面向き合って考える日々を過ごしています。





 コピーライター・糸井重里さんと、医師・小堀鴎外一郎さんの対談で綴る
「いつか来る死」(マガジンハウス)を、深い関心を持って再読しました。

 その中に。小堀さんの次のような一節があります。
 「外科医時代のぼくの専門は食道がんでした。(中略) いかに合併症を少なくするか、
それによって、いかに手術死亡率を低くするか、そればかりを考えて毎日を過ごして
いました。職人的だったと云ってもいいかもしれません。」

 つまり、患部は診るけど、人として相手を見ていない時代があったと、率直に語って
いらっしゃいます。
 今、小堀さんは定年退職後、訪問診療医として多くの患者に声をかけ、聞きとり、
向き合って多大な信頼を得ていらっしゃる、看取りの専門家。

 「外科医当時のぼくは、麻酔がかかった人体を物体として見ていました。
 だから、患者さんのバックグラウンドや家族構成がどうなっているかといった
 大事なことに全く興味がなかったんです」

 それが、訪問診療をするようになって、変わってきたことについて、
 「おそらく、患者さんがぼくを変えてくれたんですよね。ぼくがこれまでに看取ってきた
 470人以上の人々。その人たちの思いが、ぼくを開発ししゃべるようになったんです。
 彼らが、こういう医者をつくったんです。」




 どのような職業にあっても、一流のプロは、その技だけでなく、人柄も良いことが多い
ものです。
 つまり「人間性×専門性」なのだと、私は考えています。

 これは、掛け算です。
 どんなにその道の技にたけていても、たとえば人間性の方が、偉そうだったり、
威圧的だったり、逆に自信なさそうでオドオドしていたり… と、出来が悪いと、
たとえ技術が100あっても、100(専門性)×0(人間性)=0
に帰してしまいます。

  印象って、その位強烈に、相手の心に残るもので、この人はどういう人かは、
その印象であくまでも相手が決めること。

 そう考えると、自分をふくめて、年齢を重ねて生きて行く中で、最初から両方できている人
なんていませんから。
 さあ、人生どの辺で、「自分自身」について気付くことができるか、が、大きいでしょうね。

 この、寄り添うことでは日本一の小堀先生が、かつては「物体でしかなかった」と正直に
おっしゃっている事を、でも、コミュニケーションの大切さに気づかせてくれたのは、
「その患者さん達だ」と、明言している事に、私は、どれほど勇気をもらったか
わかりません。


 私も、ここからの限られた年月、だからこそ、更に自分としっかり向き合って、
感謝しながら、命を紡いで行きたいと、心底思っている日々なのです。




 いよいよ、この7月が終ると、翌8月2・3日は、長年開催してきている、長崎での、
平和朗読会の本番!
 酷暑は毎度のことですが、
 今年は、線状降水帯など、天候があまりにも不順なので、とにかく台風などの直撃が
ないことを、どうぞ祈って下さい。

 これまで17年間、
 ニアミスはあったものの、それでも毎回お天気には恵まれ守られてきたことは、
考えてみれば奇跡かもしれません。

 みんな一生懸命、その朗読の文字の向こうに横たわる深い意味について勉強し
呼吸を整え、「心を伝えたい」想いに溢れて、頑張っています。

 その一つ一つが、祈りだと、私には思えます。

 では、行って参ります。
 次回のこの「便り」は、長崎から帰り、8月中旬までにはご報告をふくめお伝えしたいと
考えておりますので、よろしくお願い致します。
 今月も、この「季節のたより」を開いて下さり、お心にかけて頂き、支えていただいている
気分、本当にありがとうございます。

 どうぞ、あなたの今日が、穏やかでありますように!

                            




                                            2024年 7月
                                            今井登茂子
                                          
                                                    
   




                                       
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