No.393

6月 水無月


 毎日「きょうは何を着よう?」と考えてしまうほど、アップダウンの激しいお天気。
 おかわりないですか
 お元気ですか




 先日、待望の音楽会、ベルゴレージの「スターバト・マーテル(悲しみの聖母)」に行ってきました。
 古楽アンサンブルをバックに、ソプラノ・阿部早希子、
 アルト独唱は、カウンターテナーの村松稔之で、その切々たる歌声を、ただひたすら、
祈るように聴き入り、丁度雨も上がったところでしたので、我家まで、ゆっくりかみしめるように
徒歩で帰宅。
 心にしみ入る、良い時間でした。


 と云うのも、
 この曲は、夫・蔣長明が、胸に抱きしめて旅立った曲で、私にとっては、思い出と祈りが
ギッシリ詰ったものなので、もう「祈り」以上に言葉が無いのです。
 彼が居なくなってから19年も経つ今も。です。




 本当に不思議なことに、亡くなる数か月も前から、急に彼はこのCDばかりを掛け続けていました。
今まであまり聞いていたCDではなかったのに、です。
 うちには、リビングと寝室二か所にCDプレーヤーがあり、絶えず音楽が流れているのですが、
「エッ、またこれ?!」と云ってしまったほど、彼は、スターバト・マーテルにのめり込んでいたのです。

 どうしてなのか、どうしてこの曲だったのか、
 自分の死を、身体のどこかで無意識のうちに予感していたのか。
 ……いや、そうとしか思えない、……
 と、その死後、音楽会に聴きに行ったのですが、なんと号泣になってしまい、
慌てて転げるように廊下に出て泣いたのは、名古屋のホール。

 それ以来約18年目、行けませんでした。
 そして今回、意を決して聴きに行き、やっと、歌声と共に祈ることが出来たのです。
悲しいけれど、幸せでした。




 世の中に不思議なことって、いろいろありますね。

 「暑中お見舞い申し上げます」事件もフシギでした。
 あれはたしか五月の連休の頃、夫が云うのです
「とこちゃん、僕暑中お見舞い出したいから、書いてね」
 「エッ、なに云ってるの、今まで出したことなんてないじゃないの」
 でも、とても真剣なので、誰に?なに書くの? とやりとりしているうちに夏に突入。

 そもそも夫は、こう云うのを書くのが大嫌いで、礼状もなにも全て私にお任せ、というか
押しつけでした。
 それが急に、自ら出すというので、相当驚きました。それも本気だったので。

 そして、真夏の太陽がカーッと照りつける7月18日、
夫は突如ひとりあの世に旅立ってしまいました。
 暑中見舞いどころか、サヨナラも、アリガトウも云えず、たったひとり、帰宅途中のタクシーの中で。

 ………お客さん、この先、どっちへ行けばいいですか、と、運転手さんが夫を起こそうとしたら、
居眠りしていたのではなく、亡くなっていた。
 と、この時の運転手さんの驚きは、察して余りあります。
 慌ててカーブ切って交番につっ込み、ちょっとした接触事故をおこし、止ったと報告を受けました。
  ………………

 そう、あれから18年目の七月、今年も夫の命日がやってきます。
 ふしぎなことに、なんと今年の長崎での音楽朗読会の当日は、そのまんま、夫の命日と
重なりました。
 同じ日なのです。
 出演者の可能な日を選んだ偶然の結果です。


 暑中お見舞いを出したかったのも、
 スターバト・マーテルにしがみついていたのも、
 きっと無意識の中で、別れを予感していたのだと、今私は納得して彼を抱きしめています。
 そして、長崎の朗読の会に、とうとう一度も行くことができなかったその望みを、
今回こういう形で達成したんだなと、納得したりしています。




 誰だって一つ一つ年齢をとるわけで、明日がどうなるのか全くわかっていないのは皆同じ。
 とは云え、目の前に90才・卒寿がぐいぐい迫ってくる日々。
 昨日まで何気なくやっていた事が急に出来なくなったり、
 食事の量はがくんと落ちるし、
 平気で歩いていた5000歩のハードルが、やおら高くなって、ドッコイショとベンチに休み休み
だったり。

 そう、なにごとも、その物忘れのひどさには、びっくりです。
 メモしておいても、そのメモを見るのを忘れる始末……
 あっ、これが90才なのか…とひとり呟いて……


 そうした中、心臓の手術を受けた同い年の友人が、そのリアルな経験を語ってくれて、
最後に、彼女は云うのです。
 「これが私の人生の最後の入院生活。余生は大切に楽しいことのみ。風に身を任せて
過ごしましょう」と。

 大賛成!
 彼女は、高齢を理由に、これまでの手術で散々嫌な目にあってきました。
 そう、私も去年の今頃は胸椎9番の骨折で、一昨年は乳癌の手術で。
 そのどちらも医師が勝手に年齢の読み間違えや、勝手に年齢に対する自己流の解釈で
手術ミスをし、結局一回で済む手術を、二回もするハメに追い込まれていたからです。

 ですから、私は数か月前心臓の手術をすすめられたものの、断りました。




 そして、彼女も私も思うのです。ここまで90まで、自立して生きてきた自分を誇りに思い、
あとは、好きなことを目指して、風のようにいきたい、と。




 庭に、夫が急逝した前日にプレゼントしてくれた百合の花が、今年もそのつぼみを大きく
ふくらませ、今まさに咲こうとしています。

 愛しい人を思い出しながら
 心あたたままる仲間や友人の囲まれながら
 ありがとう! 手応えある90才で。

                       

                             2026年 6月
                              今井登茂子
                                    
                                                       
                         
 

 
                                  
                                       
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