No.347
8月 葉月

 お元気でしょうか!
 身体のあちこちが悲鳴をあげれば、心も崩れてくるし、
 精神的にストレスやショックを受けると、身体にも確実にひびいてくるもの。

 この、コロナだ、気候変動だと、明日のことが読めない毎日の中で、普通に「元気」で
いるのは、相当むずかしいことですね。
 ましてや、あれこれ家庭の事情、仕事の問題などが無いはずがないし。
 食事キープ、睡眠キープ、その上笑顔で居ましょう、と云われても、……ですよね。
 そうした中、きょうちょっといいことがありました。




 「命の次に大切な、時計」と公言している、夫の形見・男もののロレックスの腕時計を、
修理に出すことになりました。
 自動巻きで、シルバーとゴールドのコンビです。

 これまでは、「ちょっと調整」ぐらいで済んでいて、オーバーホールは、もう数年前に一度
近所のデパートにロレックスの受付があり、そこで済ませていました。
 でも、このコロナで、その受付が無くなっていたりして、結局、銀座の本店へ。

 しかし、まァ、私は個人的には、そうそう時計にはこだわってはなかったのですが、
特に男性にとっては、唯一のアクセサリーなのでしょうか。
 夫も、この腕時計は、常にはめて、愛用していました。
 だから、ブランド物だから大切、なのではなく、私にとっては、肌身はなさず夫が愛用し
ていたものだから、命の次、二番目なのです。




 12年前の、「あの日」
 警察からの電話で、広尾病院に駆けつけると、「心肺停止」であるにもかかわらず、
妻である私が駆けつけて、「はい、もう結構です」と云うまで、心臓マッサージをやるもの
なのですね。
 ベッドに寝かされ、その上に馬乗りになって、心臓マッサージされていました。
 で、「もう……」と云うと、ホッとしたように身体から下り、他の医師が「〇時〇分」と、死亡
時刻を告げるのです。

 そのほんの数秒の間、私は、横たわっている夫の右のわき腹にソっと触れると、まだ
ぬくもりが感じられました。

 そして、あまりに急なことなので、なにが、どうしたのか、全く納得できていないけど、
「死んでしまった」と云う事実は、分かった気がしました。
 涙なんて出ません。
 とりすがって泣くなんて、全く考えてもみません。




 その、左を頭にして横たわっている救急センターのベッドの向こうに、窓ごしに夕焼けが
ひろがっていた気がするのだけど、あれは、幻だったのでしょうか……
 関わってくれた医師たちが数名、ベッドの向こう側で横一列に並び、私に、静かに頭を
下げました。
 その時、私は、ほとんど無意識に、手を伸ばしその亡くなってしまった彼の腕から、
時計をはずし自分の腕にはめたのです。
 まるで、前から考えていたような、自然な行動でした。

 そして、「もう、息はしていないのですか」と、念を押すように質問。
 心肺停止、と云う医学用語が、混乱している頭の中で、今ひとつピンときていなかった
から。
 だから、です。
 医師たちは、済まなさそうに、ウン、とうなずきました。

 身体を肩から斜め下に、刀で切り下げられたように、心の中がズタズタになり、血が噴出
し、足元にしたたり落ちました。
 動けなかったのです。
 泣くことも、叫ぶことも、悲鳴すらあげられず、血をしたたり落としたまま、
ひとり、突っ立っていたのは、僅か1~2分なのでしょうけど。
 今も、それは、音の消えた、永遠の時間に思えてなりません。



 その瞬間から、今日まで、ずーっと肌身離さず私の左腕に夫の時計は時を刻んで
きました。
 「そのまま」が欲しくて、自分用にチェーンをつめたりもせず、私がはめるとブレスレットの
ようにぶかぶかなのですが、そのことが愛しくて、そのままを愛用してきました。
 時計は男物なので、私にはなにもかもが大き過ぎて、ピタリではないので、グルグル腕を
まわってしまい、ゴツンゴツンと卓上にぶつかったりするのですが、その音さえ愛しくて、
なつかしくて………

 ですから、今回、オーバーホールに「三か月かかります」と近所の修理屋に聞かされた
時は、
 その三か月、どうやって自分の精神を安定して過ごしたらいいのだろう。
 と、そのことがまず心配だったくらいです。

 で、あれこれリサーチし、考えた末に、銀座の本店に行ったわけです。




 それにしても、まァ、高級ブランド店って、気後れしそうなほど、ピッカピカのツルッツル。
 二階の修理部門なんて、上下左右真白な空間で、中央にピアノでも置いたら、立派な
スタジオになりそう。

 上品なテーブルと椅子。
 白の医師のような上着をはおった技術専門家。
 丁寧にしてくれるオーバーホールの説明。
 期間は、約一ヶ月半と聞いて、「よかった、本店にきて…」と、心の中で安堵。
 だって、三か月ぐらいは、と、覚悟してきたので、その半分で、ホッ。

 で、最後に、
 「これ、夫の形見で、とても大切なのです」と私が云うと、その白衣のYさん(男性)は、
ツと私の目をしっかり見て、云いました。
 「では、このガラスの傷も、そのままの方がいいかもしれませんね。」
 「エッ… それでも大丈夫ですか?」
 「ハイ、性能に異常がでる場合は交換した方がいいですが、そうでないなら、このままに
しましょうか。チェーンも磨かない方がいいですね」

 私は、涙が出てきてしまったのです。
 そんな、心ある、寄り添う言葉をここで聞くなんて、想像もしていませんでした。
 だって、僅かの間にしろ、この時計が手元に無いことさえ不安なくらいなのです。もう
「そのまんま」がいいのです。でも動かなくては困るので、修理に出すわけで、他人の手に
触れられるのさえイヤなのです。
 そのくらい、心の中では、「そのまんま」がいいのです。
 そうした気持を汲みとるかのような提案の一言に、抱きしめられた思いがしました。

 そして、この一言が嬉しくて、小雨の中、傘もささずに、鼻歌まじりで、しばし銀座を歩き
ました。




 きょうは、8月17日、相かわらずの雨 気温20度~25度。冷房は止めました。
 各地に土砂災害、洪水、
 と、異常です。

 76年前の終戦の日、15日は、カーッと照りつけ、つきぬける空でした。
 それ以来、今年のような大雨は2003年だけで、気温も30度を超える日ばかりとのこと
(17日付東京新聞)
 その上、コロナ感染者は日々増加。不安は絶えません。
 心身ともにへろへろ……、 と、不安感満載。

 でも、この一言に笑顔復活。元気をもらって歩きました。
 古い映画ですが、あのジーン・ケリーが、雨の中をビショ濡れになりながら、嬉しそうに
躍る「雨に唄えば」みたいだナって思いながら。

 あなたのまわりにも、ちょっといい事の花が咲くといいですね!
 そう願っています!!




                                            2021年8月
                                            今井登茂子
                                                                                              

 
                              

 
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