No.344
6月 水無月

 東京は緊急事態宣言の真っ只中。
 もっとも、この5月11日までで、さて、その後なにがどうなることか。
 オリンピックも大問題だし、なにをどう考えて毎日を過ごしていけばいいのかと、
考えすぎると、疲れます。
 疲れると、昼間でも、眠ることにしていますが。

 みなさまは、なにを感じ、どう過ごしていらっしゃいますか。




 このところ、「残す(る)」と「遺す(る)」の二文字が、頭の中をグルグルまわっています。
 「残」は、
 残高・残金・残飯・残業・残響・残雪……
 と、残ってしまうもの、や事。結果。
 中には、残虐・残忍・残念など、心の中の負の感情を表わすもののありますね。

 一方「遺」の方は、
 真っ先に浮かぶのが、まず、世界遺産と遺言状で、同じ「のこす・のこる」という音でも、
この「遺」の字は、かなり自分の意志や気持が込められたものかな、と考えたりして
います。
 しかし、でも、遺失物と云うなァ……

 因みに「遺」は「イ」と読むのが正解で、辞書を引いてみても確かにそう。
 何故一般的に「ユイゴン」になったのかは知りませんが、銀行関係者や公正証書を扱う
場では、全て「イゴンジョウ」と云っていました。




 さて、手洗い、消毒、マスクに、ソーシャルディスタンスの日々。会いたい人にも会えず
我慢しているうちに、一年以上経ってしまいました。
 自粛自粛は、人間生活上、不自然で不自由で、私たちは、つくづくコミュニケーションを
必要とする動物だと、痛いほど身にしみてもいます。

 でも、その中で、普通なら、毎日の生活の中で流れてしまっている、内省して自分を
見つめ、ものごとを深く考えるには、よい時間でした。
 又、自分の生き方、と云うと大げさかもしれませんが、
 これが好き、これだけは手離せない、「これだ」がはっきり自覚でき、その点では、とても
よかったと思っています。

 たとえば、泣きたいほど音楽が欲しくて、音楽の生の息づかいに触れたくて、そっと
クラシックの音楽会に行き、涙を流し、命の洗濯をしたこともありました。
 その帰り道、夜道を歩きながら、「命とひきかえに聴いた音楽だった…… でも、これで
よかった」と納得でした。その位聴きたかった曲と出演者の会でしたから。




 先日、中学時代からの親しい友人が、コロナと老々介護にペシャンコになりながらも、
発表会に参加して見事ショパンを弾きこなしました。
 涙がほっぺたの、マスクの縁ににじみ、一音一音が心に沁みこみました。
 その一音一音は、私に希望と勇気を与えてくれました。

 温かに心に寄り添い、立ち止まらないで、僅かでもいいから、前に進もう、と心から語りか
けてくれる音

そう、老々介護、とひとくくりに云うけれど、それはもう相当大変そう。
 三度の食事だって、自分ひとりなら、どうにでもごまかせますが、誰かのタメに、朝昼晩
全てを手造り料理、と考えただけで嘆息が出ますよね。
 これがコロナでなければ、ちょっと散歩がてら外に食べに行こう、もありですが。
 今は、それもダメ……!

 などなど、語り尽くせない負担が、友人にはのしかかっていたに違いありません。
 練習も、きっと、睡眠時間を削り、ひとりの時に集中してやったに違いない。
 と思うにつけ、それでも弾こうと決心したのは、
 ピアノが好き、と云う、己の中にある、ゆるがぬ情熱に加えて、
 少しでもいいから、「ありがとう」のメッセージを表現し、まわりの方々に、お世話になった
人に届けたかったから! に違いありません。

  「ありがとう、ちゃんと受けとりましたよ。
   ショパンの、あのコロコロ転がる玉のような音の響きは、
   きょうも私の胸の中に輝きとなって、遺っています!
   元気をもらいました!!」

 そして、私もこのように立ち止まらないで、少しづつでいいから、言葉を紡いでいきたい!




 主宰している朗読「水の会」として、昨年コロナ禍に活動がままならなくなった時点で、
仲間内の機関紙的役割 ニュース・レターの編纂を開始しました。

 「思い出を単に心の中に留めず、表現すれば、それは未来への遺産です」と、銘打って
始めたのですが、
 おかげさまで、2007年「水の会」誕生から、2019年12月まで(コロナになる前の年)の
活動十数年分全てを、この4月いっぱいでまとめあげることが出来ました。

   1号 (特別感謝号 コロナになり はじめて知る昨年2019年活動のありがたさ)
   2号 (2007~2008/1 「水の会」誕生 最初の発表会)
   3号 (2008/8~2010/12 夏の長崎 クリスマス東京のスタート)
   4号 (2011/8~2012/12 夏の長崎 クリスマス東京)
   5号 (2013/8~2014/12 夏の長崎 クリスマス東京)
   6号 (2015/8~2015/12 夏の長崎 クリスマス東京)
   7号 (2016/8~2017/12 夏の長崎 クリスマス東京)
   8号 (2018/8~2018/12 夏の長崎 クリスマス東京)
   9号 (2019/8~10~12  通常活動に10月の福島が加わる)

 内容は
 「なにを朗読したか」の事実羅列ではなく、実際に読み、歌い、サポートするなど、活動に
参加してみてどうだったか、と云う「感想」や「想い」を綴ったもので、
 朗読・音楽関係だけでなく、音響担当者から教会関係、椅子運びを手伝ってくださった、
出演者の「夫たち」など、関わった全ての人の声を集めました。

 これも、突如コロナが出現しなければ、トンと背中を叩かれる勢いで、
「たった今、自分たちの声を遺しておこう」とスタートさせることは出来なかったかもしれませ ん。
 ここまで、原稿を書いて下さった仲間たち、お読み下さった皆さまに、心から感謝申し上
 げます。
 おかげさまで、ささやかですが、想いをことば化し、遺す緒に付くことが出来ました。
 ありがとうございます。」

 又。、この続きとして、現在のコロナ禍の中での、あったこと、思ったこと、考えたこと、
やってみたことなどなど。
 「コロナ号」を次の10号と定め、動きはじめました。


 いざ、「ことば」にしようとすると、発見がたくさんあるものですね。
 なんとなく分かっているつもりだったけど、言葉に出来ない。つまり、ぼんやりとしか把握
できていない。
 頭の中に云いたいことはあるけど、上手く表現できない。なんて云えばいいのか…
 調べて、確認したい…
 などと云うことに気付かされながら、歩いています。きょうも。

 そして、この気づきは、晴れて大勢の前で、マスク無しで、両足踏みしめて、読む日に、
きっときっと役立つと信じています。




 先日は、誰もお客さまの居ないクレオンハウス(子どもの為の本専門店)に2時間半
ねばり、一冊の絵本を選びました。

 それは、私たちの仲間、合唱のコール・アクアが、歌いたくても飛沫が飛ぶからと、練習
も出来ないでいるので、
 歌ってはいけないなら、口を結んで、ハミングでやりましょうよ。
 と考え、ハミングが自然に映える朗読作品を探していたからです。

 よし、これで行けそうだ、と、楽しくがんばっています。




 コロナの中、完璧を目指しても、出来なくて落込むだけ。
 一つでいいから、今、出来ることからはじめたい。
 そう考えて、笑顔で生きています。

 あなたの「元気」を
     心から願って止みません!




                                            2021年5月
                                            今井登茂子
                                                                                              



 
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