No.343


2021年 4月 卯月

 三寒四温。
 寒い日もあれば、でも、温かい日の方が少しづつ多くなって…
 そう、この柔らかい空気は、「やっぱり春だなァ」と嬉しくなったり、
 突然吹きはじめる冷たい空気に、あわてたり…
 お元気でしょうか!
 コロナは、なんだか、疲れがたまりますね。




 自粛が求められる中、でも、足腰を衰えさせたくなくて、
 せめても、食料品の買い物は、水など重くて持てないもの以外は、全てカートをひっぱっ
て近所のスーパーまで。
 でも、悲しいかな、そのカートも重すぎるときは、「お酢は買わずにガマン」と元の棚に戻し
「大根もやめておこう」などと、欲しいものが揃うとは限らない体力になりました。

 で、体力低下に少しでもストッパーを、と、週に数回のプール通いをしていますが、
 ロッカールームで顔見知りの人たちからは「エライッ」と誉められている身分(笑)
 つまり、高齢にもかかわらず、ちゃんと通ってきて偉いと云う掛け声、と云うわけで、
もうなんだか、笑っちゃいます。

 さらに、おまけに、今年の花粉症は、かなりキツクて、これまでのんできた薬では治まら
ず、クリニックに行き、プラス漢方薬を、と云うことになりました。
 今のところ、この漢方薬が合っていて、多少は治まり、ホッとしています。




 こうした、コロナだ花粉症だと、いささか踏んだり蹴ったりのウツウツとした気分の中、
ハッとしたことがあります。
 それは、3月の末のこと、
 「そうだ… 一年前の今頃、志村けんさんがコロナで亡くなり(3/29)、なんだか他人事
だったコロナが、大変ダ! と、自分事になったあの日から、ここまで、丁度一年、丸一年
……」
 ここまでの一年、なんだか、長かったなァ、と。

 そして、突然、脳天打たれるように、思ったのです。
 「あの時、あれは、昭和19年1月から、翌20年、終戦の年の8月までだから、……
約一年八か月……!!」
 エッ、あの時は一年八か月もだ」と・

 母が亡くなった1月に孤児となり、戦争の真っ只中、妹と二人でウロウロとし、
終戦後、戦地から父が復員してくるまでの、なんと一年八か月!!

 辛かった「あの期間」が、今現在、コロナ自粛でウツウツとしている年月より、はるかに
長かったことに、脳天打たれるほどの衝撃を受け、唸ってしまいました。体で分かった、
と云うことでしょうか。

 現在、大人になり、ものごとの善悪も判断でき、自分で稼ぐことができ、買い物に行けば
好きな食べ物が手に入る。友人とおしゃべりも出来る。
 空からバクダンだって降ってこない。
 それでも、このコロナ禍は、気をしっかり持たないとウツになりそうなほどの忍耐力を
必要とし、愚痴っぽくなる。
 だけど、

 だけど、あの時、私は6~8才の一年八か月!
 食べるもの、なにも無い、得る手段がナイ。
 着のみ、着のまま、シラミだらけ。
 学校にも全く入れてもらってナイ。
 なによりも、なによりも、
 しがみつきたい親がいない、そのかわりになる大人が一人もいない。
 どこの親戚も引きとってくれなかった、……らしくて、結局は群馬県・水上温泉の、
縁もゆかりもない旅館の女中部屋で、女中さんたちの中で暮らしていた、「あの年月…」

 そう、その年月が、今、私がコロナの中で、ああだこうだと愚痴っている年月よりも、
はるかに長かったことに気付き、ショックが止まらないのです。
 コロナで苦労している中で、「あの一年八か月」の辛さが、ズンと身体にぶつかってくるよ
うに思い出され、改めて心が震えてしまう。
 だから、反対に、「あの底なしの絶望的な不安に較べたら、今なんて、どうってことない、
全くナイ」とも感じているのですが……




 世の中は、ちゃんと進歩していますね。
 なにか事件がおこると、必ずそのカウンセリング方法や機関が、現在は用意されています。
 大人に対しても、子どもに対しても。
 たとえば、学校内でなにか非日常としか云いようのない殺人事件などがあると、恐怖に
さらされた子供たちには、カウンセリングは必須です。
 天災の災害のあとも、同じです。

 必須と云うことは、私たち人間は、肉体だけで生きているわけではない。
 精神を元気に保ってこその日々だ。
 と云うことが、今現在は常識となりました。


 でも、あの時代、戦争中の混乱から、戦後の復興期のことを、子供から十代の青春時代
を過ごしたあの時代に、社会的にも、個人的にも、心の傷を癒す方法・手段なんて、ゼロ
に等しい(少なくとも、私の経験の中で)。
 そのゼロどころか、マイナスの中でも、肉体は成長し、大人になっていく……。
 その、なんという残酷さ……!!

 たとえば、小鳥には、必ず、止まり木が必要。
 止まり木に止まらなければ、眠ることさえできません。
 人間だって、そこは同じ。泣いて、甘えて、しがみつける誰か人間、……出来れば親、
がいるから、そのしがみつけるヒザがあるから、次へと成長していける。


 少なくとも、6才で母を亡くした時から成長期の中でずーっと、私は大人の肌に触れた
ことがありません。
 ハグしてくれる人、ゼロ。
 頭をなでてくれる人、ゼロ。
 手をつないでくれた人の記憶がナイ。

 これはもう、心の傷、などという生易しい問題ではなく、崩壊状態で社会人に突入して
しまった自分が、今、このコロナ禍の中のさまざまな問題にひっぱられて表面化し、客観視
してしまい、いささか辛いですね。で、私は、きょうも、ボーっと庭の咲きはじめたモッコウ
バラを見ています。



 (あ、一つ、付け加えておきたいな…)
 だから、私は、人生の五十代からを、コミュニケーション塾を立ち上げ、人と人との
コミュニケーションの大切さを学び、伝える道に入った、と云うことは確かなこと。

 中でも、他者を受けとめ、認め、その人の長所を把握し、
 会話では、相手の話に耳を傾ける大切さについて、夢中で歩いてきました。
 自分が、そうしてもらえたら幸せ、なこと。
 認めてもらえ、受け入れてもらえることが、成長の一番の土台であることを、血を流して
求めてきたから。
 だから、今も、この道を歩いていられることも、おかげさまで、ガッツリと再確認しました。





 コロナは、こんな風に、さまざまなことをシャープに気づかせてくれています。
 それも、かなり深い所で、足を地につけて、「実感として」捉えることができるのは、
コロナで厭な思い、不自由な体験を日々重ねているからでころなのでしょう。
 「身体で分かる」って、こういうことなのか、と、いささか驚きながら。

 皆さまは、如何ですか?




 そうそう、今、爆笑問題・太田光さんの「芸人人語」(朝日新聞出版)を、面白く読んでいます。
 ものごとへの分析、その深さと同時に、人間としてのやさしさをふくんだ弾力性に魅かれ
今度その「お笑い」の芸に直接触れてみたいと、思わせてくれました。

 音楽界をふくめ、コロナが明けたら、全力疾走で劇場・舞台・小屋を走りまわろう!

 元気です。
          
                                (2021年 4月 コロナの中で)
                                            
                                            今井登茂子
                                                                                              



 
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